今から28年前。1992年〜1993年に掛けて、約2ヶ月間の駆け足で巡った日本一周一人旅を、当時の旅日記と残っていた資料、そして遠くなった記憶を頼りにアーカイブ化していきます。
ただ、さすがに記憶が曖昧なのと、28年前にもなるので、もう今は存在しない場所や建物、宿泊施設。また廃止された路線等もあるかと思います。また地図を載せている場合も、正確な移動ルート等を現していません。
アップしていく写真も、今から28年前のプリントをスマホで撮影しています。現在とは様子も変化している事でしょう。
このアーカイブ化していく情報は、全て28年前の情報となります。
当時の事を、旅日記をメインにして簡単にまとめて行きますが、もしかすると記憶違いな事を書いてしまう可能性がありますので、ご理解頂ければと思います。
1993年10月18日(月) / 曇り のち 晴れ
朝御飯はホテル。
天気は、まだ曇ってるなー
郵便局に立ち寄って絵葉書を買う。
路面電車で松山駅に戻って来た。
松山駅に着いて、えーと、松山観光港に向かうバスは、と。
1番のりば、ね。
15分ほど待って、バスに乗る。
船まで1時間あるし、大丈夫だろう。
20分ほど走ると、海が見えて来た。
フェリーターミナルについて、周遊券で事前に持っていたクーポンを窓口で見せると、そのまま乗船出来るとの事。
30分ほど待って、乗船。
既にお客さんが乗っていたので、松山観光港は途中で立ち寄ってるのかな。
何時もの2等船室へ。
船内、売店もあるけど弁当とか売ってなかった。。。
外の甲板に出る。
曇ってるけど、太陽もチラチラと見える。
波は穏やか。
大小の島が沢山ある。
瀬戸内海の銀座とも言われた、音戸大橋の下を通って呉港へ。
いよいよ本州に戻って来た。
呉港に到着。
呉港に着いて、バス乗り場へ。
バスが止まっていたので、急いで運転手に駅へ行くか聞くと、行くとの事でバスに乗り込む。
10分もしないうちに呉駅へ到着。
ロッテリアに立ち寄ってから、駅のみどりの窓口へ。
この先の締めくくりに、再び東京まで行こうと考えていた。
次の広島が日本一周の最終目的地として、最初は考えてた。
後は、大阪へ帰るだけ、と。
ただ、まだ旅の資金が少し残っていたのと、非常勤で勤めていた郵便局には、あと数日の休みが残っていた。
大阪に住んでいると、東京を拠点にしている寝台特急に乗る機会なんて、まず無いので、ふと思い立って、最後は寝台特急に乗ろう、と。
下関から東京へ行く寝台特急『さくら』のB寝台で切符を買う。
もちろん、下関から東京なんて当初の予定には全く入ってないので、周遊券にも組み込んでない。
寝台特急『さくら』は、2005年に廃止となりました。
さあ、切符も買えたので広島へ。
ウトウト居眠りしていたら、何時のまにか広島駅に到着していた。
一服してから外へ。
本屋に立ち寄ってから、駅で駅弁を買って来て晩御飯。
駅のキオスクで観光ガイドブックを見たら、広島平和記念資料館の入場は16時30分まで、、、もう時間も16時を過ぎているし、今日は無理かー
季節によって開館時間が変更されるので、ホームページ等で確認をして下さい。
諦めてホテル『広島駅前グリーンホテル』へ。
『広島駅前グリーンホテル』、今年に閉館したような話も見たのですが、現在も営業されているのでしょうか。。。
いよいよ明日、日本一周最後の広島観光をして東京だ。
移動距離 : 約91km
道後温泉駅 〜 松山駅 〜 松山観光港 〜 呉港 〜 呉駅 〜 広島駅
注意 : Googleマップ仕様の関係上、下車等せず通過した地点も記載したルートになっています。また、当時の正確な移動ルートを再現しているものでもありません。〝大凡〟のルートになります。
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