HIROSHI WATANABE aka KAITO Mail Interview 1998 to 2000

Live Info.

2023年度末までの限定公開としておりましたが、引き続き公開する事になりました。

みなさん、こんにちは。11月18日にHIROSHI WATANABEさんをスペシャルゲストに迎えての電子音楽イベント『電音ハッカーズ』をオーガナイズしております、うにょ303です。
今から25年前にもなりますが、まだWATANABEさんがニューヨークを拠点に活動をしていた1998年から日本に帰国されての2000年まで、メール形式での〝インタビュー〟をして頂いておりました。その後、ホームページのリニューアルのタイミングで非公開にしていました。
それから月日が流れ今回、WATANABEさんから「再公開したら面白いんじゃない?」というご提案を頂きました
 
インタビュー中にもある、「とにかく僕はず~っとこれからも音楽を作って行くつもりなだけ。いつかそれが大きなエネルギーみたいになって世の中の何か面白い流れを作る事が出来たら最高に嬉しいし、人生楽しいと思う。」という言葉は、25年が経って真に体現され第一線で活躍されている現在に繋がっているんだと思います。
 
アルバム『Sketch from a Moment』と出会った事が切っ掛けで、ど素人の私が勢いだけで「インタビューさせて下さい」とメールした事から始まったこの企画、WATANABEさん改めましてありがとうございました。
 
25年前を振り返って、WATANABEさんからもコメントを頂きました。
新しいコメントと共に、メール・インタビュー再公開です。


テスト
テストし

1998から約2年間に及ぶHIROSHI WATANABEロングインタヴュー!
 
当時僕がニューヨーク在住最中、突如Unyo303君から一通のメールを頂き始まった今となってはとても貴重なたロングインタヴュー。
それから25年(僕はまだ27歳なんですわw)という歳月が過ぎ、振り返るにも若過ぎる自分の言葉を追うには恥ずかしさもありw、
見事に活気あふれる当時の自分を知ることが出来た貴重な記録です。まだまだネット自体が一般的にはそこまで普及もしていなかった当時、ニューヨークでの生活、制作、シーン、ビーマニ音源の制作や、99年帰国後の活動含めかなり多くの事を語ってました。
 
現在の自分の半分の年齢であった当時から今、自分の中で変わったこと、変わらなかったこと、実に面白い。少しは成長をした事を願いたい。
 
よかったら是非11/18大阪で開催される電音ハッカーズSPECIALの前に目を通して見て貰えたら嬉しいです!


ニューヨークを拠点にして Mail Interview 01

はじめまして。お忙しい中、メール・インタビューを受けて頂いてありがとうございます。まずは、ワタナベさんの簡単なプロフィールと現在の活動状況などを、教えて下さい。

1971年6/4生まれ。’90にボストンに渡米、音楽大学を卒業後’94にニューヨークに拠点を移す。DJもNYのイーストビレッジにあるSave the ROBOTSというクラブがきっかけで始めることになります。今はもうクローズしてしまいありませんが、、、

現在はSPEEDというミッドタウンにあるクラブで毎週金曜日にDJをしています。
 
制作活動の方は先月“BEAT MANIA 3rd MIX”用の新しいトラックを11曲ほどレコーディングしたところです。もちろん、現在僕が一番力を入れてやっている事はクラブミュージックですが、これからもっともっと色々なジャンルの音楽を制作して行きたいと思っています。
 
今はNITE SYSTEM名義のDEEPER Rekordsからの2作目を制作中!Quadraの2枚目のアルバムの事も色々と考えています。

アメリカの音大に行っていたということですが、何を専攻されていたんですか?

MUSIC SYNTHESISというシンセサイザの専攻です。
もちろんシンセだけ勉強していた訳では無く、僕はもともとウッドベースをやっていたのでJAZZもやったりしてました。

シンセサイザーの専攻があるなんて、ちょっとビックリしました。日本の音大では、あまり聞いたことないような気がします。
いったいどのような勉強をされていたのか、気になってしまいます。今のような、テクノやクラブ・サウンドに移行して行くキッカケといいますか、そのようなサウンドとの出会いは、どのようなものだったのでしょうか。

シンセシスのコースはとにかくシンセの基本、歴史、音作り(アナログ、デジタル、サンプル)応用、パフォーマンス、これらをやって最終的にパフォーマンスコースとプロダクションコースに分かれ、僕はプロダクションを取ったんだけど、要は打ち込みの好きな人にはもってこいのコースなんだよね。
 

それからこれ以外にもマイクやスタジオ機器、音、色々なことを学ぶ。シンセコース以外にもまだまだ色々な面白い専攻があるし、あそこは本当に良い学校だったと思います!
 

もともと僕は生まれ育った環境がすごく恵まれていて、父は作曲をしている人なので僕が幼い頃から沢山シンセサイザーを使って作業をしていたので、ごく自然にシンセに触れることが出来ていました。もとは音楽というよりシンセそのもの、器械に興味があったことをすごく覚えています!
 

中学や高校では友達たちとハードロックやスラッシュメタルなんかのバンドでギターを弾いたりとかやってましたが、、、、そのかたわら家に帰るとシンセで打ち込みやってたり、たまたまバークリーの友達を通して聞かせてもらった音がテクノだったんだよね。BREAK BEATS系のやつとか、XL Recordingsが盛り上がってる頃だと思う。
 

たまたまそんな時にボストンにライブをしに808ステイトが来て、彼等にものすごい衝撃を受けた。それからはもうそのままどっぷりクラブミュージックの虜になってしまいました。だから最初はずーっとテクノばっかり作ってたし、なぜかハウスミュージックには全然興味が無かった。

小さい頃からシンセサイザーに触れられていたんですね。808STATEのアルバムには沢山のアナログ・シンセのリストが掲載されていたりしましたね。
ワタナベさんは、トラック・メーカー or DJ どちらのデビューが早かったのですか? 初期の頃は、ハウスに興味が無かったということですが、特にNITE SYSTEM名義ではハウス系のような気がしますし、Quadra名義でもテクノながらハウス的な旋律も取り入れてらっしゃいますが、このあたりの変化は、どういった経緯があったんでしょうか。

当時、僕は全くDJには興味が無く、とにかく音楽を作ることにしか目が無く毎日家で試行錯誤していました。でも、作っていくうちにどうも何かが違う、、、という事に気付き始め、それは結局この音楽というものはクラブでかかるための踊るというのが目的なのだと、、、自分が作っているのは形式が同じだけでどうもクラブミュージックに成り切れていないと思ったのが一番のきっかけで、DJをしなくちゃきっとうまくクラブミュージックというものは分からないのでは?と考えターンテーブルを買った訳です。
 

きっと音を作るということに関してはものすごく自分に自信があったと思うし、DJなんてやんなくたって絶対作れるな!! って思ってやってたんだけど、でもやって見ると本当に奥が深くて難しいわけでしょ!
出来ないというのは悔しいし、そのままどっふりはまってしまったんだよね。それから、家の中でやっているのとクラブでやるのでは全く訳が違うし、また家でやるにしても誰かがそこに居るか居ないかでは訳が違うでしょ!
 

NYに移ってから“Save the ROBOTS”というクラブでやり始めたら、これまたどんどんDJにはまっていってしまった。様するに人前でパフォーマンスすることにものすごい快感を感じてしまった訳です。それからはただレコードを選曲してかけてるだけではなくこれはあくまでも自分を表現する、という新しい喜び、楽しみなんだと思いました。
結果、DJをすることによって得たクラブの中での大事なものというものがはっきりと見えて来て、作品に反映されていったわけです。
 

ハウスが嫌いだったことについては、きっと単にテクノの方がシンセのサウンドが一杯鳴っていてハウスは逆にサンプラー的な要素の方が音楽の中で強いと思っていたからだと思います。しかし、のちにハウスでもそれ以外の形が沢山ある事を知り、一つはNYのサウンドファクトリーでジュニアを体感してしまったこと、もう一つは知り合いから紹介してもらったDJ PIRREの存在、Johnny ViciousやExpress2などなど、自分がそれまで聞いていたテクノでは全く感じることの出来なかった新鮮な感覚を味わってしまった。
 

やっぱり一番のハウスの好きなところはビートだと思う!
テクノには無いビートのうねり、グルーヴ。今でこそテクノだろうがハウスだろうが何でもありに成ってるけど、当時ってまだまだジャンルの境界線はハッキリしていたしね。結果、自分の中でやりたいことを分けてやった方が面白いってことでQuadraでやったり、NITE SYSTEMでやったりしていた訳です。
きっとまた違う名前で他のことすると思うしね!

あのCLUBで感じる、底知れぬ“感覚”っていうんでしょうか。ただ選曲して流しているのではなく、その空間を創り出す作業というのが、本当のDJの醍醐味だと。ワタナベさんの作品はテクノ寄りで、凄くトライバルだったりして。それでいてハウス本来が持つ、どっしりとした腰のあるグルーヴがあって、個人的に“Quadra節”って言ってるんですけど、あの腰のあるビートは、やはりCLUBからフィード・バックされて来たものなのでしょうか? 9月は日本でDJツアーということですが、どんな感じにしようと思っていますか?

もし、いつか僕のDJを見てくれれば分かるとは思うけど、やっぱり一回一回そこに来てくれた人には必ず何らかのインパクトとイメージを与えようとしてやってます。毎回必ず、僕のことを初めて知る人や初めて見て、聴いて、踊ってくれる人達が居るんだからね!
だから、いつも200%の力を出そうと努力をするし、、自分自身にも予期せぬ素晴しい事を起こせるように期待してやっているし。
 

もちろん、楽器と同じでDJも場所(クラブや会場)によっては本当にやりやすかったりやりにくかったり全く、始めるまでそれは分かりません、、、DJブースそのものが自分とあまりにもフィットしない時もたまにあるしね。でも、やっぱりそこはお金をもらってやっている訳で、プレイを決してブースやクラブのせいになんてしたくもない、その時の自分の出せる全てをやって見ようと努力するだけです。仮にもし自分自身が納得出来なかった日でも来てくれたお客さんが良かったと言ってくれればそれはそれで成功だと思ってる。

みんながみんな同じ部分を感じている訳では無いんだからね!
 

基本的には今回はどうやろうとかって事はいつも考えない。とにかくかけたいと思うレコードをじっくり選んでその時を待つだけ!やっぱりレコード選びは重要だね。後はその場でのインスピレーションで自分を信じてパワー全開でやるのみ!って感じですよ。
 

一つ言える事はそういうエネルギーが自分の曲にも同じだけ入っているということ。出来た形がどうであれ、そう、曲全体でのパワーというものを大事に作りながらそそぎ込んでいく!だから今はもう僕にはこの二つの事は(DJと曲作り)同時に進行して行かないとちょっと自分の中でのバランスが悪くなってしまうと思いますよ。でも是非、unyoくんにもNYのでっかいクラブで爆音を体感してもらいたいですね!
 
決して日本のクラブの音が悪いとは言わないけど、あまりにも違い過ぎるからさぁ。 特に重低音がね!!!

CLUBで受けたインスピレーションが曲に反映されるっていうのは、聞き手にもダイレクトに伝わると思うんですよ。「この曲、CLUBで聴きたいっ」っていう曲に出会うと、凄く嬉しくなっちゃうんです。CLUBの話が出たので、お聞きしたいのですが、日本とNewYorkでのCLUBの違い、、、ワタナベさんが言う“低音”という以外にも、雰囲気といいますか、そこに集まる人達の求めているモノといいますか。NewYorkに住んでて、日本の情報とかも入って来ると思うのですが、そこらへんなども、どのように感じているんでしょう。

確かに、日本と比べると目的意識がちょっと違う、、、
もちろんNYでだってDJを求めて来ている人達も居るんだけど、それよりもなにより自分らが好きなサウンドを求めてただひたすらクラブという一つの社交の場を移り渡り、空間そのものを楽しんでいる気がします。
もう一つ決定的に違うことはマンハッタン内の、ごく小さなエリア内でクラブが非常に密集していること!これは東京とNYの大変大きな違いです。
 

東京はNYに比べるとあまりにも大きい都市にもかかわらず、夜になると交通の便が非常に悪いでしょ、、、その点、NYはと言うと、タクシーは安いし電車だって24時間動いてますし、クラブもある程度固まった地域にあるので移動が大変らくです。要するに誰でもそれだけ気軽に足を運べる訳!
大体に置いてこんな街に来てるくらいの人達は遊ぶお金なんていくらでも持っているんだしね、、、特に学生は。ここは本当に色々な国の人達が集まって来る町ですから!!!
 

またそれとは別で、ゲイの人達が日本と違いパワーが凄まじいです。シーン全体を動かしている。きっと日本も最近はかなり変わってきてるんだと思うけど、、ことハウスに関して言ってしまえばほとんどのクラブシーンを動かしているのがゲイの人達だから!
 
それから町のあらゆる所で売っているDJのミックステープも案外重要な感じがする。

もし日本で道端でテープを売ってても結構うさんくさそうであまり買わないでしょ?DJが誰なのかも知らずに、、、以外にここだとそんなもんでも売れてる。僕でも何度も知らない人にDJやってるならミックステープを売ってくれと言われ、売ったことあるから。
 

後はやはりドラックに関することかなぁ、、、、

僕は正直まったく何もやらないけど、クラブにはどうしても切っても切れない関係にあると思う。普通の人達はそれらを使う事で一晩中踊ることが出来る訳で、みんなじゃ無いけど、、、別に僕は何も否定したくも無いし、良いも悪いもそれは個人の問題だと思うしね。
 

最後に音の問題、、日本ではよっぽど郊外に作らない限りNYと同じサウンドを出すことはまず不可能ですね。場所が場所だけに必ず日本は苦情が付き物だよね、考えるといろんな事が考えられますよ!
 

みんなで良くして行かなくちゃね。

何処かで「ハウス・シーンが定着していったのは、ゲイの人達が頑張ったからだ」って言うのを聞いたような気がします。それでも誰もが気軽にCLUBに行ける状況かというと、そうでもないような感じがするのですが、音楽を凄くダイレクトに感じる場所として、CLUBに足を運ぶ感じなのかなって自分で思ってるんですよ。ワタナベさんが作られる曲の中には、フロア・ライクなトラック物もあれば、凄くメランコリックな、切なさも感じるメロディクな曲もありますよね。そんなメロディクな部分というのは、ワタナベさんの何処から生まれてくるもんなんでしょうか??

本当の元を話せば、小さい頃からいわゆるNew Age Musicまた映画のサウンドトラックなどが大好きで大好きでたまらなかった。聴いていてどっぷりとその世界にはまってしまうあの感じが大好きだったんだと思う!
音を聴くだけで自分なりの曲のストーリーが出来てしまうような、だからどちらかと言うと明るいイメージの曲よりもちょっと哀しい切ない感じ、すごくメランコリックなものを求めてましたね。
 

要はそういう、自分が自然に求めている音楽の世界とクラブミュージックという形態の融合という感じなんです。だからちょっと前は、特にクアドラでやっていたことなんだけど、そういった意識をものすごく曲に込めてやっていたし、たとえクラブミュージックの好きじゃ無い人が僕の作品を聴いても、素直に音楽に入ってこれる様にとも考えてたし、何処でかけても気持ちの良いもの!クラブでかければそれはそれで強烈な、クラブという空間がガラっと変化してしまうような、、、
 

でもそのかわり、マイナスの面はちょっとDJライクなトラックでは無くなってしまうことだった、、DJによっては一曲の中だけでの起承転結があまりにもハッキリしているせいで、ちょっと曲は良いけどクラブではかけづらい、、、とか思われていた感じもありました。
 

僕がビートマニアの音楽制作で心がけていたことはゲームを楽しんでいる人達に「へぇー、クラブミュージックって良いもんだね!」って一人でも多くのひとがそう思ってくれる事を思ってやってるし、またゲームを機会に僕の事を知ってもらってそこからクラブに実際に足を運んでもらうのも良いし、他にレコードを聴いてみたりもっともっとゲームだけでは味わえない楽しさなんかを知ってもらえれば嬉しいと思ってやってました。
 

もちろんゲーム性を生かしながらいかにクラブトラックっぽいものを作れるか?というのは本当に苦労したんだけど、、、ゲームで遊んでも楽しく、また聴いていても格好良いものってのがね。
 

ちょっと話が飛び飛びだけど、最近の僕の作品はもっともっとDJライクになって来ていると思う。だから、ことレコードになるものはものすごくストレートなクラブトラックを目指して、また、CDだけにしかならないとかいう場合は今まで通り作って行くと思う。
元々、そういった意味もあって名義を幾つか使い分けてたんだけど、それだけでもちょっとおさまりがつかなくなって来ているんだと思います。今度のQuadraのフロッグマンからのシングルはガラっとイメージを変えています!お楽しみに。
 

又、今はクラブミュージックが大好きでどっぷりやってるけど、もちろん音楽家としての幅はこれからどんどん広げていくつもりですよ。

フロッグマンからQuadra名義での1st.&2nd.シングルやその後のアルバムなど、まさにクラブ・トラックとメロディックな部分の融合されたサウンドですよね。ずっしりとしたビートと、空間が広がって行くようなメロディーやシンセの音が、かぶさってくる感じなどは、ワタナベさんならではだと思っています。 そして最近のQuadra名義でのremixやNITE SYSTEMのシングルなどでは、とてもアッパーな叩き込んで来る感じのフロア・ライクなトラックに仕上がってますよね。“beat mania”の話も出ましたので、そろそろQuadraやNITE SYSTEM名義などでの制作の話を聞かせて頂きたいと思うのですが、、、その前に、もう一つ質問させて下さい。最近、、、例えば音楽ならテクノやハウス、クラブ・ミュージック以外でリスペクトしているアーティストや気になるジャンル、また音楽以外で気になっているアーティストなどがいれば、ぜひ教えて下さい。

ジャンルというか、やっぱりゲームミュージックってもっともっとやって見たいと思う。ビートマニアに関しては音楽が主役な物でしょ!でもそうでないただのゲームのトラックをやってみたなぁ。ここ最近はゲーセンのゲームって本当にグラフィックのレベルって上がってるし、やっていてそのままゲームの世界に今まで入れなかった人でももっと簡単にはまってしまうよね。
 

でもさ、いつも思うことはやっぱり音楽って全然結局むかしからやってることは変わってなくってつまらない、、、画像ばっかりが良くなって行くだけで、はっきり言ってものすごくその辺勘違いしてるとしか僕には思えない、、、だからそんな状況を壊したくて仕方がなくなる。
 

映画にしても、もし仮に映像がすごく良いのにその後ろで鳴っているつまらない音楽のせいでせっかくのシーンが台無し、、ってことあるでしょ、、ゲームや映画だけで無くとにかく、それらの音楽を主役にしろと言ってるんじゃなく、あくまでもバックグラウンドに徹して主役をより良く引き立てることの出来る音楽というものであって欲しいから、、、だから僕がこれからやりたいことって一杯あるよ。最終的には音楽もちゃんと主役に成りえる形にしていきたい!
 

それから、日本の今の歌謡曲シーンも変えて行きたいし、、、
 

あと、影響を受けたアーティストはもちろん居るんだけどリスペクトしている人となると正直言って特に見つけられない、もちろんね、「うあーこいつすげーパワーだなぁ」って思うことは色々な人に対して思うけど、尊敬では無い。逆に言ってしまえば、特に有名な人達ではなくても、そんなことじゃなく自分の周りを見れば尊敬出来る人は一杯いる。有名な人なんてそれなりになにかの結果で有名なんだし、別に自分にとってはそういう人が特別すごくも感じない、みんな一生懸命やっている結果なんだから結局は。
 

やっぱり人間として正しく素晴しい考え方とちゃんと持っている人に出会うと自分の心を動かされるよ。要するに、自分が実際にその人に触れて見なくちゃ尊敬なんて出来る訳無いよってこと。そうでしょ?決して人が何か人と違う特別なことしてるからリスペクトじゃ無いよね。
 

みんなそれだけ何かを犠牲にしてやってきている証拠なんだから!
 

ちょっと話しがずれちゃったね、、、  とりあえず、今まではあまりにも自分の事で一生懸命になりすぎていたのか特にこれといってそれらの人物はいなかった。でも最近やっとだんだんと自分のやっている事に自信を持てている気がするから、きっとこれからはもっと自分の視野を広げていくことが前よりももっと出来ると思う。

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