忘れた頃に発生する絞殺事件。
あわわ。
首じゃなくて、頭で考える方、考察。
で、モジュラーシンセでパッチングしている時、頭ん中で何を考えながら作業しているのか。
パッチングの〝取っ掛かり〟だったり、何をもって〝ゴール〟とするパッチングをしているのか、モジュラーおじさんの頭ん中を、輪切りスライスのおろしポン酢な羊たちの沈黙で考察してみよう。
わてくしの場合。
。。。。。
う、なんも考えてねえ、、、
適当にしかパッチングしてねえ、、、
、、、とは口が裂けても言えないし書けないので、何かあたかも考えを持ってパッチングしているかのような、そして、やっぱ何も考えてねーじゃん、っていうオチにしかならないような、そんなタメにならない『モジュラーシンセ考察』、今回もいってみましょう。
で。
わてくしの場合。
。。。。。
う、なんも考えてねえ、、、
適当にしかパッチングしてねえ、、、
だから、それはそれとして、ですね、、、
そうそう。
本当は頭のテッペンから白い粉が湧き上がるほどに、色々と考えてるんですよ。
頭の中を羊たちの沈黙してる場合じゃねーよ、おいコラ、羊さん、なんか喋れよ、って問われると、こんな感じで、だいたい大きく分けて3つのアプローチでパッチングしている事が多い。
・実験的アプローチ
モノは言い様ですね。
端的に言えば『何も考えずに適当』、という表現が一番正しい、、、
あわわ。。。
実験なので、そもそも〝結果〟も〝ゴール〟も求めてはいないし、考えてすらいない。
更にモジュラーシンセを使用している大半の方は、どういう使い方やアプローチをするにせよ、最終的には〝音〟を求めているのだと思っているのですが、この実験的アプローチの場合、〝音〟すら求めていない。
具体的には、モジュラーシンセにおいて〝音〟以外のプロセスで、何か面白い事、今まで試してみなかった事、思いつき、そんな部分を試しているのが、この実験的アプローチ。
私がよくネタでやる、「エンベローブもシーケンサーも音を出してナンボっすよ」というのも、この部類から来ているものです。
本来の使い方とはかけ離れた、エンベローブやシーケンサーを音源として使う、という実験です。
更に、耳に聴こえる〝音〟ではない、もう一つの〝音〟。
耳に聴こえない音の方、モジュラーシンセで言うところの『CV』や『Gate』等、それらの信号について、「ん?、アレしてコレしたら、面白くね?」、「っていうか、どんな結果になるん?」という発想が、実験的アプローチの始まりみたいなものだったりします。
例えば、ステップシーケンサーからの出力されたCVをローパスフィルターに通してディレイとビットクラッシャーしたら、どうなんねん、みたいな事です。
実際、どうなるんでしょうかね。
誰か、試してみて下さい。
まあ、実験なので出てくる結果は、だいたい「で?」っていうぐらいの、あまり実用的では無いモノが多かったりするものですが、そもそもインプットにCVと書かれていても、Gateと書かれていても、Audioと書かれていても、「俺は違う信号を入力してやる」という固定概念を常にユルユルにしておく為にも、こういう実験的アプローチは楽しいものなのです。
時には〝音〟は全く出ない、CV信号だけのアレコレで、「これ、めちゃオモロイやん」って、一人小躍りする感じは、この実験的アプローチでしか味わえない変態、、、いや、醍醐味と言えるでしょう。
・楽曲的アプローチ
これは、まあ〝音楽的〟アプローチと言いかえる事も出来るのかな、と。
楽曲といっても、1曲丸々モジュラーシンセのパッチングで制作する、というイメージではなくて、あくまでも自分の持っているモジュールと、その限られたソースと醤油の中で、如何に〝音楽的〟な味わいの〝音〟を出せるか、というアプローチ。
でも、やっぱ醤油かな。
という話ではなくて、私の場合はパッチング自己完結型で考えてやってる感じです。
パッチングが完了すれば、後はひたすら放置プレイ。
ツマミやスライダーを動かしたり、もちろんパッチケーブルの増減もありません。
パッチング完了後は、モジュラーシンセが勝手に奏でる〝音〟が、音楽的に聴こえれば、それでOKという感じで、そのまま放置プレイでBGMにでもなれば、というイメージ。
何を持って〝音楽的〟なのかは、そもそもそんな基準なんて考えても仕方ないので、俺様パッチング上等じゃねーか、で良いと思います。
個人的に意識している事は、音を出すっていう事よりも、何処に休符、音が出ないタイミングを作ろうかな、みたいなところですかねえ。
そうやって音の隙間を考えつつ、5,6音のアンサンブルを作り出して気持ち良く聴こえるようになれば、みたいな。
あと、時間軸の変化で、短いタイミングと長いタイミングで変化するとか、規則性が強いのか、ランダム的なのか、みたいな要素を散りばめて、単純なループには聴こえないようにしていく感じ。
こうすれば、完全放置プレイの無限ループでも、単純な繰り返しには聴こえない要素が増えるので、長く聴いてられる雰囲気を狙ってパッチングしています。
・ライブ(パフォーマンス)的アプローチ
まあ、パッチングの実演販売みたいなもんですよ。
寄ってらっしゃい、パッチングしてらっしゃい、っていうアレです。
といっても、私は実演販売が得意では無いので、事前に仕込みと味付けされたパッチングで挑みます。
基本は『楽曲的アプローチ』の延長線上で考えてます。
ライブなので、そのまま放置プレイでは、ある程度のランダム性があるにせよ、展開を作っていくことは出来ません。
やっぱりライブなんで、始まりから終わりまで、ライブパフォーマンスする人の作り出す〝ストーリー〟があるはずなので、そのストーリーをどうやってモジュラーシンセの音に変化させて聴いてもらうのか。
私の場合、楽曲的アプローチで完成されたパッチングが土台となっています。
なので、そのライブで一番メインというか、こういう音やフレーズを出したい、というパッチングをまず完成させて、まずはそれだけの放置プレイで気持ち良く聴いてられるか、って考えます。
起承転結でいうと、〝転〟のような部分を土台として考えてるイメージです。
私の場合、ライブ中にパッチングの変更や増減は、ほぼやりません。
やるとしても〝結〟、最後の展開になってから、ぐらいです。
なのでライブの始まりから後半、起承転結の〝起〟から〝転〟までは、決まり決まったパッチングのままで変化を付ける事になります。
なので土台となるパッチングをしている段階で、色々な可能性を残すような事を思案しています。
具体的には、1基のモジュールで複数の役割を当てていく、という感じです。
こうする事で〝起〟での使い方、最後の〝結〟の使い方を変える事で、音色だったりフレーズだったりタイミング等の変化を発生させます。
こうしていけば、少ないモジュールでも多様性が生まれます。
土台となるパッチングと音色やフレーズから、どんどんタイミングや信号の入出量を変えて、モジュールの役割も変えて、起承転結を繋げていく感じが、自分のライブスタイルのような気がしています。
はてさて。
まあ〝考察〟なので、言葉にすると、こんな感じではあるのですが。
そして、「おじさん、こんな事を毎回と考えてパッチン具盛り盛りしてるんですか?」、なんて聞かれた、もうアレですよ。
アレ、
う、なんも考えてねえ、、、
適当にしかパッチングしてねえ、、、
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